June 6, 2012
ソフトウェア開発における対話についての考察

インセプションデッキ、User Stories, BDD, DDD, ペアプログラミング、デモ、ふりかえり。これらの活動ですべてに共通して重要視していることは、対話(dialogue) である。dialogueの語源をたどると [人々の間を通って流れている「意味の流れ」という映像やイメージ]があるそうだ。哲学の一派では、対話という活動に、とても重大な意味合いを持たせている。少なくともソクラテスまではたどれる

ソフトウェアづくりのコンテキストにおいて、対話を通じて人々は、一体何を生成しているのだろうか? 目に見えるかたちあるものに目をやると、デッキ、ストーリーカード、仕様の具体例の記述、ドメインモデル、コード、動作するソフトウェア、ふりかえり結果のホワイトボードや付箋と、それぞれバラバラである。

ただ、もう一つ目を向けるべき箇所がある。個体レベルであれば人の脳内のシナプス信号のつながり、群衆レベルであれば、人々の繋がりだ。

対話を通じて生成された、シナプス信号のつながりや人々の繋がりと 先の成果物には 深い深い相関関係があると考えられる。

対話前と対話後では、シナプス信号のつながりは変容しており(人々のつながりは変容しており)、それに伴って、人々のソフトウェア(づくり)への関わりかが変化を起こしていることが考えられる。これが Kent Beckが言う Social Change に近いのかは解らない。

イテレーションを通じて、常にUser Stories で Whyの確認の対話、仕様の具体例のGiven When Thenの擦り合わせの対話、ペアプロによる良いコードのかたちについての対話、デモによる良いユーザーとマシンのインタラクションのあり方の対話。。。絶えず続いて、常に対象に対するの見方があるいは、僕らの対象へのかかわり合いの活動が変容し続けている。

対話やかたちづくっていく運動が継続することで、(かたちもの <=> こころ)が絶えず差異化し、変化し続ける。

ただし、先にあげた道具と対話だけでは、良い方向に進んでいくシナプスのつながりがつくれるとは限らない、良い方向に人々のつながりがつくられるとは限らない

良い方向にかたちづくっていくには、裏に大前提を必要とする。 Jim Coplien なら  Community of Trust を上げるであろう。


では 信頼関係はどのようにして生成されるのであろうか??


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